特別展「瑞巌寺100世洞水東初禅師展 -没後350年を記念して-」

特別展
瑞巌寺100世洞水東初禅師展 -没後350年を記念して-
[会期] 令和3年9月15日(水)~11月30日(火)

瑞巌寺100世洞水東初禅師は日向国飫肥(現宮崎県日南市)領主、伊東家の出身と伝わっています。同地の安国寺に出家、のち、瑞巌寺99世雲居希膺禅師に参じ、その法を嗣ぎました。仙台藩祖伊達政宗公、二代藩主伊達忠宗公、政宗公息女五郎八姫様の深い帰依をうけた洞水禅師は、領内に円通院・天麟院・大仰寺等、現在に残る名刹を開創するだけでなく、本山妙心寺にも三住し、さらには18名もの法嗣を育てられました。その高徳・業績を讃え、死後に大機円応禅師と諡されており、瑞巌寺では洞水禅師を再中興開山と位置付けています。

師である雲居禅師が伊達家62万石の帰依僧として華々しい活躍を遂げたのに対し、言葉・行為の跡を留めない「没蹤跡」が信条だった洞水禅師は、ややもすると地味な印象は免れません。しかし、洞水禅師が守成に徹し、雲居禅師が遺された足跡をしっかりと繋いでくれたからこそ、瑞巌寺は現在まで東北一の臨済禅の道場として、厳然たる姿を維持することが出来ているといえるでしょう。

正当の350年諱にあたる昨年は世情を鑑みて遠諱大法要を厳修することが叶わず、展覧会も規模を縮小せざるを得ませんでしたが、本年は関係各所から貴重な資料を出陳して頂き、特別展を開催する運びとなりました。

自己を誡めて、果たすべき役割を全うした洞水禅師の人柄こそ、現代に求められるものではないでしょうか。本展覧会を通じて洞水禅師の人となりに触れて頂き、少しでも皆様の心に響くものがあれば幸甚に存じます。

展示作品リスト

作品名称 筆者等 数量 時代 所蔵
瑞巌寺100世 洞水東初禅師
洞水東初像 絵所徳栄筆・虚櫺了廓賛 1幅 寛文13年(1673) 瑞巌寺
(1)大檀越・伊達家の帰依僧
伊達政宗像 筆者不明・雲居希膺賛 1幅 寛永13年~万治2年中 瑞巌寺
伊達忠宗像 筆者不明・洞水東初賛 1幅 万治元年~寛文元年中 瑞巌寺
天麟院五郎八姫像 筆者不明 1幅 江戸時代 瑞巌寺
伊達光宗像 筆者不明・鵬雲東搏賛 1幅 延宝5年(1677) 瑞巌寺
瑞巌寺殿拈香法語 洞水東初・ほか作 1冊 江戸時代 瑞巌寺
松嶌山什物新添目録 鵬雲東搏・夢庵如幻筆 1冊 江戸時代 瑞巌寺
御本茶碗 銘「イスカ」 1口 李朝17世紀前半 瑞巌寺
扁額「定照」 原字 洞水東初筆 1面 寛文3年(1663) 瑞巌寺
扁額「圓通院」拓影 原字 洞水東初筆 1面 瑞巌寺
(2)師・雲居禅師と法兄弟
雲居希膺像 絵所左京亮勝綱筆・徹宗宗源賛 1幅 万治3年(1660) 瑞巌寺
洞水東初宛書簡 雲居希膺筆 1幅 正保2年(1645) 瑞巌寺
雲居忌告報 洞水東初筆 1幅 寛文2年(1662) 瑞巌寺
香山和尚遠来謝辞 洞水東初筆 1幅 寛文5年(1665) 東園寺
陽徳院田村氏愛姫像 筆者不明 1幅 江戸時代 瑞巌寺
往生要歌 木戸掩斉筆・雲居希膺作 1幅 江戸時代 瑞巌寺
『往生要歌』慶安3年本 雲居希膺作 1冊 慶安3年(1650) 瑞巌寺
(3)法嗣とその活躍
鵬雲東搏像 絵所徳栄筆・鵬雲東搏賛 1幅 寛文9年(1669) 禪興寺
洞水東初遺偈 鵬雲東搏筆 1幅 寛文11年~元禄16年中 瑞巌寺
通玄法達像 筆者不明・通玄法達賛 1幅 元禄10年~宝永元年中 善應寺
龍山三開祖伝 夢庵如幻撰・象外慧休筆 1冊 原本:元禄9年(1696) 瑞巌寺
(4)瑞巌寺住持として
扁額「瑞嵒圓福禪寺(旧)」 原字 洞水東初筆 1面 江戸時代 瑞巌寺
扁額「瑞嵒圓福禪寺(旧)」
拓影
原字 洞水東初筆 1面 瑞巌寺
扁額「瑞嵒圓福禪寺」拓影 原字 洞水東初筆 1面 瑞巌寺
大慈院殿拈香法語 洞水東初・ほか作 1冊 江戸時代 瑞巌寺
洞水東初隠居願 洞水東初筆 1通 寛文元年(1661) 個人蔵
奥山常辰像(パネル) 似玄斎筆・洞水東初賛 1幅 寛文2年~9年中 個人蔵
(5)各地に残る足跡
洞水東初像 絵所徳栄筆・洞水東初賛 1幅 寛文7年(1667) 禪興寺
洞水東初像 絵所徳栄筆・鵬雲東搏賛 1幅 延宝5年(1677) 濟興寺
洞水東初像 筆者不明・洞水東初賛 1幅 寛文6年(1666) 祥雲寺
鈴木太郎左衛門宛書簡 洞水東初筆 1通 寛文10年~11年中 仙台市
博物館
洞水東初像 絵所徳栄筆・木庵性瑫賛 1幅 延宝8年(1680) 大仰寺
洞水東初像 1躯 江戸時代 大仰寺
二十五條大伽梨 天麟院五郎八姫作 1帖 万治元年(1658) 大仰寺
黒漆縁金唐草文袈裟箱 原字 洞水東初筆 1箱 万治元年(1658) 瑞巌寺
洞水東初像 筆者不明・洞水東初賛 1幅 寛文9年~11年中 石馬寺
洞水東初像 筆者不明・龍光東濟賛 1幅 享保12年(1727) 石馬寺
洞水禅師伝法衣(九条袈裟) 古扃智縁補綴書 1帖 江戸時代 石馬寺
雲居希膺禅師遺偈 洞水東初筆 1幅 万治2年(1659) 瓦屋寺
瑞南ト兆像 筆者不明・洞水東初賛 1幅 寛文9年(1669) 寒山寺
正輪寺殿像 筆者不明・洞水東初賛 1幅 寛文3年(1663) 大安寺
明窓妙真禅信女下炬法語 洞水東初筆 1幅 承応3年(1654) 個人蔵
扁額「護国」 原字 洞水東初筆 1面 寛文11年(1671) 資福寺
扁額「護国」拓影 原字 洞水東初筆 1幅 瑞巌寺
(6)溢れ出る文才
漢詩和韻 寛永13年正月 洞水東初筆 1幅 寛永13年(1636) 仙台市
博物館
漢詩和韻 仲秋之夜(パネル) 洞水東初筆 1通 寛永12年(1635) 仙台市
博物館
妙心寺三住法語「二祖三仏忌」 洞水東初筆 1幅 寛文9年~10年 瑞巌寺
臘八法語 洞水東初筆 1幅 寛文9年~10年中 祥雲寺
歳旦法語 洞水東初筆 1幅 寛文9年~10年中 祥雲寺
『松嶋眺望集 上』(パネル) 大淀三千風編 1冊 天和2年(1682) 宮城県
図書館

主な展示作品

洞水東初像 1幅 絵所左近筆 虚櫺了廓賛 寛文13年(1673)

洞水(1605~71)は日向国飫肥(宮崎県日南市)出身。幼時に出家し、江戸東禅寺嶺南の元から仙台覚範寺清岳に師事した。瑞巌寺に雲居を迎える事を政宗に進言してその来松を果たし、雲居に嗣法。雲居の後を受け当山百世となる。

2代忠宗、天麟院五郎八姫の帰依厚く、円通院・天麟院・富山大仰寺等12ヶ寺を開創。18人の法嗣を育て、没後霊元天皇から大機円応禅師と勅諡された。 当像は洞水没後2年、大祥忌(3回忌)に制作された。


伊達忠宗像 1幅 筆者不明 洞水東初賛

忠宗(1599~1658)は政宗・愛姫夫妻の長男。幼名虎菊丸。慶長16年(1611)、江戸城で元服し、二代将軍秀忠から一字を拝領し忠宗と称した。寛永13年(1636)に政宗が没し、2代藩主となる。藩政の基盤を確立し、領内の経済・産業の発展に努めた。

仙台城二の丸や仙台東照宮等を造営し、また、父政宗の遺言を守って名僧雲居希膺を瑞巌寺99世住職として迎え、雲居・洞水に深く帰依し、大檀越として援助を惜しまなかった。墓所は仙台経ヶ峰、感仙殿。

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