ほんどう

本堂

瑞巌寺本堂

瑞巌寺は伊達政宗公の創建で、5年の歳月をかけて慶長14年(1609)に完成
しました。
本堂は正面38m、奥行24.2m、棟高17.3m、入母屋造の本瓦葺で、室中
(孔雀の間)・仏間・文王の間・上段の間・上々段の間・鷹の間・松の間・菊の間・墨絵の間・羅漢の間の10室から成る大規模な建物です。
各室は部屋の使用目的にふさわしいテーマに沿って描かれた絵画や彫刻で装飾されていて、天井も造りが異なります。
昭和28年(1953)、国宝に指定されました。
墨絵の間以外の障壁画は昭和60年(1985)から制作が開始された精巧な復元模写が建て込まれており、400年余の時を超えて、政宗公が受けた感動を実際に体験することが出来ます。

本堂内見取り図

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室中(孔雀の間)-しっちゅう(くじゃくのま)

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絵師:狩野左京(佐久間修理)
天井:二重折上小組格天井

法要が営まれる、本堂の中心となる部屋です。
襖絵は仙台藩最初のお抱え絵師・狩野左京による「松孔雀図」で、手前右側より左回りに冬→春→秋と四季の移ろいを描くことで、世俗的な時間を超越した場所であることを表現しています。
正面の「雲に飛天」の彫刻や虹梁の迦陵頻伽の絵画とともに、この部屋が「此の世の浄土」を具現化した空間であることを示したものです。

仏間-ぶつま

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絵師:狩野左京
天井:折上小組格天井

室中の奥に位置し、本尊の聖観世音菩薩像、初代藩主政宗公から12代藩主斉邦公までの位牌、瑞巌寺三代開山木像、歴代住職の位牌を祀る部屋です。
襖絵は金地の上に爛漫と咲き誇る「桜図」で、黄金世界は浄土を表現しています。
須弥壇前面の「牡丹唐獅子図」は、獅子が文殊菩薩の乗り物であることから、仏の智慧を象徴するものです。

文王の間-ぶんおうのま

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絵師:長谷川等胤
天井:折上小組格天井

伊達家一門(親戚)の控えの間で、藩主との対面の場という役割を持つ部屋です。
襖絵は狩野派と共に桃山絵画を担った長谷川等伯の高弟、長谷川等胤による「文王呂尚図」で、理想の国家といわれる周王朝の基礎を築いた文王と名補臣太公望呂尚の出会い、国都洛陽の繁栄、狩猟場面を描いています。

上段の間-じょうだんのま

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絵師:長谷川等胤
天井:折上小組格天井

他の部屋より畳面が一段高くなる藩主御成の間で、正面奥に明かり取りの火頭窓と違い棚、右手に帳台構が設えられています。
襖絵「四季花卉図」は平和と豊かさを、床の間「梅竹図」は藩主の資質として理想とされる「高潔と清操」を、帳台構の「牡丹図」は富貴を表しています。

上々段の間-じょうじょうだんのま

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絵師:長谷川等胤
天井:折上小組格天井(花菱格子)

天皇、皇族をお迎えするために造られたと伝わっている部屋です。
藩主御成の間よりさらに一段高くなり、付書院、違い棚を設え、天井の格子が花菱格子となっています。
違い棚の「紅白椿図」に描かれた大椿は32,000年に一つ年輪を加えると言われ、皇室の永久の繁栄を願ったものとされています。
明治9年(1876)6月27日、明治天皇の東北御巡幸の際に行在所となり、一夜をお過ごしになりました。

鷹の間-たかのま

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絵師:狩野左京弟子九郎太
天井:小組格天井

別名「礼の間」とも呼ばれる、伊達家重臣の控えの間です。
襖絵は狩野左京の弟子九郎太による「鷙鳥図(槲に鷹図)」で、鷙鳥は鷲や鷹など猛禽類のことを言い、伊達武士の勇猛さを表しています。
槲の木は新しい葉が芽を出すまで古い葉を落とさないという性質が有り、子孫が断えず続いていくようにという願いが込められたものです。

松の間-まつのま

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絵師:狩野左京一門
天井:竿縁天井

茶道衆の詰め所として使用された部屋です。
茶道衆は茶事をつかさどり、給仕や接待を行う役割を担っていました。
襖絵は松や桜の間に尾長・鳩・雀などの小禽が描かれた「松桜図」で、狩野左京の弟子達による合作と伝わっています。

菊の間-きくのま

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絵師:狩野左京一門
天井:竿縁天井

御典医の詰め所として使用された部屋です。
将軍家や大名に仕えた医師を御典医と言います。
襖絵は白・黄・淡紅と色鮮やかに描かれた「菊図」で、菊が薬草として珍重されてきたことに由来するものです。

墨絵の間-すみえのま

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絵師:吉備幸益
天井:格天井

住職及び僧侶の控えの間であったと言われていますが、応接室であったとも伝わる部屋です。
本堂内で唯一水墨画で構成されており、障壁画制作当時の原本が建て込まれています。
筆者の吉備幸益は雪村周継の弟子と考えられており、襖絵「龍虎図」、「寒山拾得図」、「猪頭和尚図」は、いずれも禅から発したテーマです。

羅漢の間-らかんのま

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絵師:佐久間得楼
天井:竿縁天井

政宗公・忠宗公に殉死した家臣の位牌を安置する部屋です。
障壁画「十六羅漢図」は狩野左京の末裔である佐久間得楼の筆によるもので、明治10年(1877)頃に制作されています。
この部屋のみ障壁画の制作年代が異なるため、本来は納戸として使われていたのではないかと考えられています。

伊達政宗甲冑倚像復元像-だてまさむねかっちゅういぞうふくげんぞう

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平成の大修理完了を記念して制作された、甲冑倚像の復元像です。
平成30年(2018)の藩祖忌において開眼法要が執り行われた後、藩主御成の間である上段の間に安置されました。
宮城県の文化財に指定されている甲冑倚像は、宝物館で展示されています。

板戸絵-いたどえ

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本堂の廊下に建て込まれている板戸絵は、東側を狩野左京が、西側を長谷川等胤が担当して制作されました。
大きな杉の板戸の両面に絵が描かれており、現在は障壁画同様、精巧な復元模写が建て込まれています。

欄間彫刻-らんまちょうこく

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瑞巌寺本堂を彩る欄間彫刻は「天下無双の匠人」と称された鶴刑部左衛門国次が紀州根来から招かれて作事を担当しました。
室中・文王の間・鷹の間・松の間の廊下上には鳳凰・孔雀・鶴・吐綬鶏・金鶏・山鵲・菊・牡丹など、瑞祥的な意味を持ち、吉祥性を表す意匠が彫刻されています。

松島方丈記-まつしまほうじょうき

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文王の間廊下の欄間彫刻上に掲げられる扁額で、政宗公の師・虎哉宗乙禅師が瑞巌寺再建の縁起を撰文・揮毫したものです。
松島の景観、円福寺の盛衰、政宗公による復興の経緯と意図を記しており、瑞巌寺の造営が、領内が安泰で、領民が平穏であること念じての作善行であったことを明示しています。