宝物館(青龍殿)

kikakuten_banner

施設概要

昭和49年(1974)に開館した旧宝物館の老朽化に伴い、寺伝来の什宝物を保存管理し、調査研究・展示公開する施設として、平成7年(1995)10月1日、現在の宝物館が新築され、再開館しました。
主な収蔵品は、10年の継続事業で保存修理が完了した国指定重要文化財の本堂障壁画群、伊達家歴代藩主画像はじめ伊達家から寄進された絵画・書跡・茶碗等の美術工芸品、当山歴代住職頂相(肖像画)や臨済禅文化が創出した墨跡、瑞巌寺の前身・中世円福寺に関する発掘出土品、日本三景松島に関する絵画や書跡等です。
館内は地階が常設展・企画展の展示室となっており、上記の資料を季節やテーマにより展示いたします。

1階には本堂の「上段の間・上々段の間」を部屋ごと再現した特設室を設け、国の重要文化財に指定されている障壁画の原本を収蔵保存しています。文化財保護の観点から期間を制限して公開しています。
【現在障壁画展示室は新型コロナウィルス感染防止のため公開していません】

houmotsukan_map

■地階展示室ご案内

①瑞巌寺沿革史
②常設展示室
③政宗・愛姫・五郎八姫像
④考古展示コーナー
⑤企画展示室
⑥車椅子用トイレ
⑦車椅子用エレベータ
⑧会議室

常設展示室

10 常設展示室

中世から近世・近現代までの瑞巌寺に伝わる什宝物、伊達家歴代藩主や瑞巌寺住職にまつわる絵画・工芸品・書跡などを中心に、年に数回資料を入れ替え展示します。

 

◆常設展示としてほぼ1年を通じて展示している資料
(他館貸し出し、修理等によりご覧いただけない場合もあります。)

●大鐘 江戸時代・慶長13年(1608)

この鐘は瑞巌寺が完成する1年前、政宗公の命により伊達家お抱えの鋳物師・早山弥兵衛尉景次によって鋳造されました。
政宗公の人生の師・虎哉宗乙禅師の撰文により、政宗公の新造した寺が瑞巌(嵒)寺と称される事、松島は日本第一の好風景である事などが鐘の胴部に陰刻されています。(宮城県指定文化財)

oogane

●雲版 鎌倉時代・嘉暦元年(1326)

雲板または斎板ともいい、禅宗寺院の台所にあたる庫裡に掛けてあり、大衆に粥斎(食事時)を告げる法器です。
中央に「円福庫院斎版」、その下に「住持明極誌」「嘉暦丙寅秋」の銘文をもち、円福寺10世明極聰愚禅師(?~1328)によって制作されたことがわかります。(国指定重要文化財)

unban

●釈迦如来像 円空作 江戸時代・寛文7年(1667)頃

欅の根株を用い、獅子の背上で、蓮台に坐る釈迦如来像を彫り出しています。
簡素な像容ながら、頭部の髪や蓮台には細かな彫りがなされ、円空仏の特徴である微笑んでいるような不思議な表情をうかべています。
仏師円空は美濃出身で、諸国を遍歴し生涯に12万体もの像を制作したと伝えられています。

syakanyoraizou

●不動明王三尊像 鎌倉時代・13世紀

五大堂の秘仏五大明王像(平安時代・国指定重要文化財)の御前立で、不動明王を中尊として、左右に愛くるしい表情の矜羯羅(こんがら)・制吒迦(せいたか)童子を従えています。針葉樹材を用い、一材から彫り出したのち割りはぎ、内刳りをほどこす一木割矧造(いちぼくわりはぎづくり)の技法で造られています。

hudoumyouou

井上久美子氏撮影

●伊達政宗甲冑倚像 江戸時代・慶安5年(1652)

2代藩主忠宗公・政宗公正室陽徳院愛姫の発願で制作された、ほぼ等身大の木像。
陽徳院の記憶に残る夫君の姿を絵師に描かせ、それをもとに京都の仏工に制作させました。
慶安5年、瑞巌寺において政宗公の17回忌法要が厳修され、木像は仏間中央に安置されました。
政宗公の遺言により幼少時に失明した右目が開いています。(宮城県指定文化財)

kattyuuzou

井上久美子氏撮影

●陽徳院田村氏愛姫像 江戸時代・慶安3年(1650)

政宗公の正室田村氏愛姫(?~1653)の落飾後の姿で、眉目秀麗・才色兼備と称讃された夫人の面影をよく表しています。
田村氏は現福島県田村郡三春城主田村清顕の一人娘で、数え年12歳で政宗公に嫁ぎ、五郎八姫・忠宗公等三男一女に恵まれました。
当山99世雲居禅師に厚く帰依し、承応2年(1653)、86歳で没するまで交流が続きました。

megohime

●天麟院五郎八姫像 江戸時代・寛文3年(1663)

五郎八姫(1594~1661)は政宗公愛姫夫妻の第一子で、結婚以来実に15年目に誕生した子でした。
五郎八(いろは)の男名は、当時の俗信で第二子に男子を切望する願いが込められています。
徳川家康公六男松平忠輝公と結婚しましたが、忠輝公の改易により離縁されて仙台に戻り西館殿と呼ばれました。
雲居・洞水両禅師に厚く帰依しました。

irohahime

●十一面千手観音像 江戸時代

この像は京都御所内に生えていた柳の木で作られ、後水尾天皇の皇后東福門院(徳川秀忠公の娘)から天麟院五郎八姫に下賜されました。
松島の最西端にある大沢の海無量寺に安置されていましたが、明治維新後当山本堂に移されました。

十一面千手観音像

●考古展示コーナー(円福寺発掘資料)

新宝物館の建設に先立って行われた発掘調査で、大量の瓦・青磁・白磁・古瀬戸・常滑などの陶磁器、木製品、漆器、板碑・五輪塔など、中世期円福寺に関わると考えられる遺物・遺構がたくさん出土しました。

kouko_tesnji

主な収蔵品

(年に数回行われる展示替えにより、出品されていない場合があります。)

●水晶製五輪仏舎利塔・舎利一粒 鎌倉時代

この仏舎利は鎌倉幕府初代将軍・源頼朝が生前厚く信仰し、頼朝没後、夫人北条政子が亡夫の冥福を願い、当時一代の高僧と讃えられた「まつしまの見仏上人」に寄進したものです。塔の高さ6.7cm。
また、政子の寄進状も当寺に伝えられています。

水晶製五輪仏舎利塔

仏舎利塔

書-001 北条政子仏舎利寄進状案 北条政子筆 02本紙

北条政子仏舎利寄進状案

●天台由緒記 室町時代・文明2年(1470)

天台宗延福寺の歴史を記す唯一の資料。
原本は失われ、文明2年の写本が円福寺の寺侍蜂屋家に伝わっていました。
天長5年(828)慈覚大師円仁によって開創された寺の盛衰や、その後鎌倉幕府5代執権北条時頼によって天台寺院が取り壊され、法身性西禅師を開山として臨済宗円福寺が開創されたことなどを記しています。

墨-374 天台記 茂林筆 01本紙

●法身性西像・蘭溪道隆像 室町時代(宮城県指定文化財)

禅僧の肖像画の事を頂相といい、本来法を嗣いだ証として弟子に授けられますが、寺の伝統を示すものとしても尊ばれ、大切に扱われます。
当山には中世円福寺時代の頂相が3幅伝存します。
開山法身(1189~1273)・2世蘭溪(1213~1278 大覚禅師・建長寺開山)・10世明極(?~1328)像の3幅は、宮城県内最古の肖像絵画としても貴重な資料です。

法身性西像

開山法身性西像

蘭渓道隆像

2世蘭渓道隆像

●涅槃図 室町時代(宮城県指定文化財)

涅槃図は仏教の開祖・釈尊が入滅(臨終)を迎える場面を描いた図です。
沙羅双樹の間に、右肘を枕に北向きに臥した釈尊のまわりをとり囲んだ、僧俗の弟子達、護法善神、異形の帰依者やさまざまな動物にいたるまでなげき悲しんでいます。
この画は寺院にとって大切な仏教行事である2月15日の涅槃会に本堂に掛けられます。
大きな画面、丁寧な描写は瑞巌寺の前身であった官寺円福寺の勢威を示し、宮城県内最古の貴重な涅槃図です。

涅槃図

●釈迦説法図 室町時代(宮城県指定文化財)

釈迦説法図は内院中央に金色の釈尊・文殊・普賢の三尊を配し、周囲を僧俗の帰依者がとり囲み、釈尊の説法に聴き入っている図です。
特筆すべきは、画面左下の衣冠束帯姿の武人と右下の高僧で、制作された当時の寺の庇護者であった武人と住職を描いたと思われます。

釈迦説法図

●能面 室町時代・江戸時代

瑞巌寺には室町時代と江戸時代に制作された能面が34面、狂言面が3面伝わっています。
面のみの存在で、演能の伝承や能衣裳などは伝えられておらず、伝来は不明ですが、室町期の20面は地方作ながら優れた彫技をみせ、貴重な資料です。

工-022-4 老武者01

能面 老武者(室町)

工-022-9 姥01

姥(室町)

鬼神吽形 癋見

鬼神吽形(室町)

工-022-18 白式尉 翁01

翁・白式尉(江戸)

工-022-24 釣眼01

釣眼(江戸)

泥眼

泥眼(江戸)

工-022-35 空吹01

狂言面(室町)
空吹(うそぶき)

工-022-36 乙01

狂言面(室町)
乙(おと)

●歴代藩主画像 江戸時代

伊達家の菩提寺である瑞巌寺には、仙台藩祖伊達政宗公から12代藩主までの歴代藩主の肖像画が伝来しています。
江戸時代にはそれぞれの命日に本堂に画像が掲げられ、盛大な法要が営まれました。
政宗公から4代綱村公までは束帯像、5代吉村公から12代斉邦公は甲冑像です。

1masamune

初代 伊達政宗像

2tadamune

2代 伊達忠宗像

5yoshimura

5代 伊達吉村像

7shigemura

7代 伊達重村像

●雲居希膺像 江戸時代

雲居禅師(1528~1659)は伊予国上三谷(愛媛県伊予市)生。
京都妙心寺一宙東黙禅師に嗣法、政宗公の遺言で瑞巌寺に迎えられ、99世中興開山となりました。
2代忠宗公・陽徳院を始め、身分の上下なくその徳望を慕われ、開創・中興の寺も173を数えます。
やさしい道歌(往生要歌)により、一般庶民にも禅を平易に布教し、数多くの墨跡を残しました。

絵-006 雲居希膺像 左京亮勝綱筆 徹宗宗源賛 02本紙

雲居希膺像

●洞水東初像 江戸時代

洞水禅師(1605~71)は日向国飫肥(宮崎県日南市)出身。
幼時に出家し、江戸東禅寺嶺南崇六禅師の元から仙台覚範寺清岳宗拙禅師に師事しました。
瑞巌寺に雲居禅師を迎える事を政宗公に進言してその来松を果たし、雲居禅師に嗣法し、その後を受けて当山100世となりました。
忠宗公、天麟院五郎八姫の帰依厚く、円通院・天麟院・富山大仰寺等12ヶ寺を開創しました。

絵-007 洞水東初像 絵所左近貞綱筆 虚櫺了廓賛 02本紙

洞水東初像

●大脇差 富田大和守安定作 江戸時代・明暦元年(1655)

政宗公の20回忌に当たる明暦元年(1655)に2代忠宗公が廟所である瑞鳳殿に寄進したもので、戦後伊達家より改めて瑞巌寺に奉納されました。
仙台東照宮に奉納された大脇差(仙台市博物館所蔵)も同形で同じ紀年名をもっています。
(大脇差の展示予定はホームページにてご確認下さい。)

大脇差

銘文

(表) 奉献巨刀一腰奥州宮城郡仙台城下
前州主黄門貞山利公御廟前
明暦元乙未五月廿四日
(裏) 武州江城住人冨田大和守安定
到当前仙台作之以奉寄進之弟子安次安倫助之
当前人山野加右衛門尉定兵之模様長短大小
(棟) 切物奥州仙台住 家定作

企画展示室

企画展バナー

企画展のご案内

障壁画収蔵・展示室

01
02

上々段の間

03

上段の間

本堂の「上段の間・上々段の間」を宝物館内に部屋ごと再現した特設室を設け、国の重要文化財に指定されている障壁画の原本を収蔵保存しています。
上段の間は瑞巌寺を参詣した藩主が坐す部屋で、障壁画には「梅竹図」「牡丹図」「花木図」が描かれています。一段高い左手の上々段の間は天皇、皇族をお迎えするために造られたと伝えられている部屋で、「紅白椿図」「竹図」が描かれ、天袋の戸襖には、聖天子の治世時に出現するという天女や迦陵頻伽(かりょうびんが)が舞っています。
文化財保護の観点から期間を制限して公開しています。
【現在障壁画展示室は新型コロナウィルス感染防止のため公開していません】

 

◆本堂障壁画の保存修理と復元模写制作事業について

本堂の障壁画は国宝の建物とは別に、国の重要文化財に指定されています。
元和8年(1622)に制作された画は汐風や寒暖、乾潤の落差の激しいこの松島の地にあって度々修理が行われてきましたが、昭和60年(1985)度から始まった保存修理に際し、これ以上現地本堂での保存は不可能と判断されました。
その為、修理と並行して復元模写制作が行われる事となり、原本の収蔵保存の為に新宝物館が建設されました。
本堂には精巧に復元模写された障壁画が建て込まれ、描かれた当初の金碧濃彩の華麗な姿が再現されています。
また修理が済んだ国指定重要文化財の襖や舞良戸、上段の間・上々段の間の貼付絵は宝物館に収蔵・保存されています。
保存修理は、本紙を剥がして埃や過去の修理の際に使用された薬品を洗浄し、顔料(絵具)の遊離箇所を固定して新たに裏打ちを行い、襖や舞良戸に仕立てました。制作担当は京都の(株)岡墨光堂。
復元模写は原本から忠実に下絵を起こし、料紙・金箔・顔料など、できる限り原本と同じ材料を使用して、制作された元和8年当初の姿を再現しました。制作担当は(有)六法美術。